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黒人初ボクシング世界ヘビー級王者 ジャックジョンソンのボクサー人生

   

アメリカでは黒人大統領が生まれ、日本では丸山発言が物議をかもし話題にもなりましたね。私の中では黒人といえばいまだサンコンさんですが、、、はい古いです笑

突然ですが黒人初のボクシング世界ヘビー級チャンピオンをご存じでしょうか?

100前の時代といえばまだ黒人に人権がなかった時代の話し。

黒人初の世界ヘビー級王者になったのがジャック・ジョンソン。
当時ジャック・ジョンソンは滅茶苦茶強かったそうです。

ジャックジョンソンの父母は当時、奴隷です。
そういった時代だから、世界ヘビー級のタイトルマッチ挑戦は出来なかった。

世界最強が黒人というのは当時は受け入れられなかった時代背景があったからです。

そこでジャック・ジョンソンは白人チャンピオンのトミー・バーンズの試合会場にいって罵倒・挑発を繰り返します。

あまりの挑発と周囲からの「ジャック・ジョンソン」をぶちのめせ!という声に、ついに逃げられなくなったトミー・バーンズはシドニーでタイトルマッチを行います。アメリカでは行えなかったんですね。

この試合でジャック・ジョンソンは、トミー・バーンズを打ちのめします。
ワザとKOせず、まるで白人はなんて弱いんだと見せるかのように。

ちなみにレフリーはトミー・バーンズのマネージャーというハンデも物ともせずにです。

結局試合はKOでもTKOでもない、聞いた事のない警官ストップ。
あまりの滅多打ちに白人達が怒り、暴動になる前にとめたんですね。

1908年、ついにジャック・ジョンソンは世界チャンピオンになります。

客席で見ていたジャックロンドンはこいつは白人の敵だと怒りに任せていい、「偉大なる白人のホープよ出よ」といったそうです。今だ使われるこの言葉の由来はここから来てるんです。

ところでジャックジョンソンは普段の生活でも凄かった。

当時は白人専用のお店に黒人が入る事が出来なかったが、いつリンチされるとも分からないにも関わらずジョンソンは堂々と入ります。もちろん懐には銃を忍ばせて。公共の場でも堂々と白人をバカにしてたそうです。

さらに白人を怒らせたことは、ジョンソンの妻は白人という事。
しかしタイトルマッチ後、自宅に帰ると周囲からのプレッシャーに耐えきれなかった妻は自殺していました。

二番目の妻もたいそう美人な白人。今では考えられませんが当時は黒人と白人が肉体関係を持つことはタブーとされていたのです。

結局ジョンソンは拡大解釈された法律によって逮捕されます。

その後、放浪しながらボクシング試合を行いますが、1915年キューバのハバナでジェス・ウィラードと対戦し第26ラウンドでKOにて敗れます。ジョンソンは倒れた時に右手で太陽がまぶしくて目を覆って口は笑ってたと言います。

この試合、アメリカに帰国出来るようにするという条件で、八百長を受けたという噂も流れた物議をかもしたシーンだった。

ちなみに当時は世界タイトルマッチのラウンド数に規定がなく、全45ラウンドだったり、全10ランドだったりバラバラでした。

1946年にジャックジョンソンは交通事故で死亡します。

白人は二度とジャックジョンソンのような黒人チャンピオンを出さないと決め、その後、黒人はタイトルに挑戦できなくなります。その後、この壁を打ち破ったのがジョールイスである。

今日はこの辺で。

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